|
ようこそ
Beachcomber's Logbookは、若狭や越前海岸、渥美半島、知多半島を中心とした、中部地方の浜辺を歩いた、Shigeの漂着物や浜辺に関するビーチコーミングのメモです。
Shigeのウェブページ Beachcomber Shige's Web Page Shigeのインスタグラム Shige Beachcomber Shigeの雑記帳 No Photo No Life 愛知の浜辺の貝 三河・知多・愛知の打ち上げ貝 福井の浜辺の貝 福井の打ち上げ貝 LINK すでに筆者が鬼籍に入られたものも含みます。 漂着物学会 陶片窟 RZVさんのBC 材木座海産貝類 浅原硝子製作所 hiroimono 花鳥風月のヒロイモノ 遊びにいってこさ えのしま貝散歩 検索
最新のコメント
カテゴリ
全体 越前海岸 渥美半島 丹後 ウキ・漁具 漂着物を喰う Pen-F Archives 漂着種子 若狭 知多半島 三河湾 おすすめ本 日本海側 太平洋側 北の国から あちらこちら エア・フォト 漂着物の展示 漂着物で作る Drawings ビーチクリーン 海ごみ 本 未分類 タグ
日本海側(3859)
太平洋側(3545) 植物・種子(1454) 日用品(1038) 貝類(846) 漁具(661) 化石・堆積(583) 無脊椎動物(555) 脊椎動物(483) 玩具(408) 魚類(293) 浮き玉(254) 頭足類(208) 棘皮動物(195) 非日用品(194) 付着生物(144) 陶片(142) 甲殻類(122) 海藻(101) 海ごみ(57) 本(33) ビーチクリーン(14) 韓国製品(1) チャート(1) 船舶用品(1) 以前の記事
2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 02月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2023年 02月 2023年 01月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 09月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 12月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 04月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 08月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 2004年 05月 2004年 04月 2004年 03月 2004年 02月 2004年 01月 2002年 11月 お気に入りブログ
る~!のん!キャンプへGO! はりあなのこころ 石垣島便り プカプカ通信 web版 sea amberを探して ウキウキ・山歩き・浜歩き Beachcombing... No Photo No ... 宮島の陶片図鑑 陶片窟日記 昭和の昭ちゃん的こころ 釣りと海散歩 ウキウキ・浜歩き・山歩き ウキウキ事典 ハナイカダの海辺の一歩 陶片窟-ブログ版TOUH... 日長崎 北海道日高東部の貝コレクション みなみかぜ通信 貝拾いの覚書き帳 北のビーチコーマー 北海道大漂着物展 図録ブログ 化石部の父 福井の打上げ貝 今日も渚で日が暮れて オヤジNEKOの今日も青空 いかげそたろさ の いか... ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
若狭の浜でプラスチックの筒を見かけた。 そのプラ筒は肌色をしており筒の円周側に細かな溝がイッパイ刻んであった。何かな?と手に取れば、刻まれた文字が福田紡績とあった。 ![]() 福田紡績といえば、たしか豊橋にあったハズの紡績会社、今は無くなったと聞いたが、詳しいコトはネットで見りゃ何とかなるだろう!と、デジカメ持ち出してパシャリ。 さて、ググってみたのだが、その情報量の少なさというか、なかなか出てこない。やはりオレの検索が下手くそなのか??(笑) それとも、もう忘れ去られた過去なのだろうか?
by beachcomberjp
| 2015-03-08 07:07
| 若狭
|
Comments(30)
福田紡績がどこにあったものかはわかりませんが、これは機械織りのために糸を巻き取る糸巻きです。ほんの少し前、昭和40年代ころまでは、この手の糸巻きは木でつくっていましたから、それ以後のもの、比較的最近まで折り機を動かしていた工場のものですね。
単純な布織りはずいぶん昔に中国などに移転されたと思われますが、とっても複雑なもの(例えばアラブの人が頭に巻いているカフィーヤなど)は、ごくごく最近まで日本で織られていました。それも、最近は中国に行ったようです。もうヴェトナムあたりまで行っているかもしれませんが(笑)。
1
愛知の福田紡績、大きな企業だったのですね~。
こちらのはプラ製なので、新しそうですし・・もしかするとネットで次に出てくる中国の福田紡績織(安省)有限公司では? 撚糸状態のものを扱ってるかまでは分からなかったのですが・・
ネットですぐ検索してポンと出てくる時代、昔の百科事典や電話帳、地図帳など紙のものは減る一方ですね。
どうもはじめまして。福田紡績は、30年くらい前まで、私の実家の近くにありました。元々は中学校の校舎
だったので、子供の頃は、みんなで忍び込んで遊んだり、グランドで野球したりしてました。ただ、その文字の刻まれたプラスチックの筒は、見た事ないですね。廃墟に散乱してた巻き糸の芯は、全て木製でした。また実家に帰った時にでも、調査したいと思います。
もう30年になるんですね。
高卒から就職して働いてました。 確か、紡績と産業部と別れてましたね。原綿を配達して来てロビン(写真)に巻き付けて出荷。 産業部は販売輸出してたような。 私は紡績で出荷の方してたんで産業の方は。 他県から多数の中卒者が来てましたね。 訳有りなんでしょうけど楽しくやってましたよ。 お風呂場、要らなくなった原綿燃やしてたような。地方から就職した私には楽しい思い出です。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
昭和41年に採用されました。入社時は社員は約750名今思えば大きな企業でした。社員の大半が20歳前の女性で、良いことも嫌なうわさもあり、私はそんな社会になじめず2年ほどで市役所に再就職しましたが、とても思い出のある懐かしいです。
MDが追加です。
住所は豊橋市牟呂町字中西8ノ8だったと思います。私の入社時(s41年)の給料は時給86円でした。工場は第1工場から第6まであり第1はカード第2と第3は連条とコーマー、第4と第5は精紡と混打綿、第6はワインダーだったと思います。工場内は綿ほこりが多く、火災も良くありました。私は部署には配属されず2年は各工程を実習と言う名で勉強の機関でしたが仕事内容が私の思いと違うため市役所の合格を確認後会社は退職しました。たしか昭和の後記に廃業したと思います。今は住宅地に変貌し、当時の面影は全くありません。そう言えば伊豆にあった船原ホテルは会社の慰安旅行で訪れたホテルです。今は本当に懐かしい青春の思い出の会社です。
MDさん、
詳しいコメント、ありがとうございます。製糸業界の工場は減りましたね。うちの近所にも大きな工場がありましたが、90年代後半に閉鎖して、今では跡地に巨大なショッピングセンターがありますわ。
私も福田紡績に勤めて居ました、昭和47年入社楽しい事や辛い事色々有りましたが青春時代を過ごす事が出来たと思います!
跡地には西部住宅等住宅が出来て昔のなんか悲しく思います、私の姉も勤めて居ました、跡地に西部住宅が出来たのを見た時泣けて来たと話して居ました、あの当時の仲間はたんでバラバラになってしまいあの当時の仲間が1人跡地の直ぐそば家を買って住んでます、私も福田紡績の跡地から少し離れた所に住んでます! あの当時は、会社が費用を出してくれて慰安旅行に3回位行かせて貰いました、あの当時は景気が良く、下呂温泉、有馬温泉、伊豆の等行けました、昭和51年の2月に希望退職の要請が有り退職、その後しばらくして大清水の豊橋紡績に就職そこで今の嫁さんと知り合い結婚! 自分は結婚出来ないと思って居たから今が幸せです!
genkunさん、
福田紡績さん、この記事をアップして数何経ちますが、こうしてコメント寄せられるみなさんがみえるのは、印象深い会社だったのでしょうね。ロビンを拾い上げ、写真に撮っておいて良かったです。
元社員さん、
残念ながら私は詳しくないので分かりません。そのうち誰か関係されていた方がコメントしてくれるかもしれません。
すべて読みました。懐かしいなぁ。
毎日油まみれの仕事で1日が長かったなぁ。 こんな油に汚れる仕事いやだったなぁ。 工業高校から入社したので周りは女性ばかりでビックリしたなぁ。 女性は強いし、ねたむし、焼餅焼き?で怖かったなぁ。 でもどの女性も優しく接してくれたなぁ。 次の日にはその女性との噂が広がったなぁ。 女性の職場は本当に嫌だったなぁ。 でも社員旅行は楽しかったなぁ。 いつもそう思っていました。 採用から17か月で退職。退職といっても、突然次の日から出勤しなく自然退職。 でも懐かしい会社だなぁ。
tokumeiさん、
この記事、懐かしむ方の投稿が時折いただけます。お若い頃の記憶、よみがえりましたか?
50年ほど前、家の事情で、昼間働いて、
豊橋市立豊橋高等学校(定時制)の夜間に通っていたが、 学校に送り迎えのフクダボウのバスが、2台ほど毎日、来ていたな。 あの頃は、集団就職とか、多かった時代でした。
家内と孫の3人で工場まで行ってきました。
旅の帰りに新幹線の豊橋駅で途中下車。駅周辺は昔の面影ありで迷うことなくタクシーに乗車、ここからが大変でした、行ったり来たりしましたが私が男子寮の前の富田橋を覚えており川は何となく当時のまま、会社は見あたりませんでしたが孫にはおじいちゃんとおばあちゃんの会社ここにあったんよ、と説明しましたがあまりの変わりように自身も家内も疑心暗鬼。妊娠のため二人で早期退職しましたが、かえって今の幸せを掴み複雑な気持ちです。一橋大学1年の孫娘にはとても言えませんが私20歳、家内17歳の妊娠です。
大下八郎@偽名さん、
今は市営住宅が立ち並ぶ柳生川一帯ですが、軍都の豊橋から跡地に様々な紡績会社などを誘致した一つが福田紡績さんだったのですね。資料が見当たらないことから訪れ、10年前の記事にもコメント頂けています。若い頃の逸話、ありがとうございました。
|
ファン申請 |
||